【北海道地震】停電から電気復旧までの38時間の私の生活

9月6日3時08分に発生した北海道胆振東部地震に被災しましたが、ようやく自分が住んでいる地区は電気が復旧してパソコンとネットが使えるようになったので停電直後から電気復旧までのことを備忘録としてこの記事に残しておきます。

全道への電気の復旧、また台風21号で被災し停電となっている地域にも一刻も早く電気が復旧することを願っています。

9月6日3時08分:地震発生&停電

あまりにも大きな揺れに目が覚めた。揺れる天井をただ見つめて全く動くことができなかった。

揺れがおさまったところで電気をつけようと思ったがつかなくて、窓から外をみるとどこも明かりが点いてないことから全体で停電が起きてることが分かった。

9月6日3時45分:とりあえずコンビニへ

外の様子が気になったのでコンビニに行ってみるとレジの明かりだけがともっていて店内は薄暗くなっていた。

陳列棚から落ちた商品が床に散乱していて割れた酒類のボトルからアルコールのにおいが充満していた。

真夜中にもかかわらずレジには列ができていて何だか異様な光景だった。

1.5Lの水とシリアルを買った時に店員さんに”お気をつけてお帰り下さい”といわれたのがすごく耳に残っていて同じ被災者なのにスゲーなって思った。

 

っで家に帰ってもう一回寝た。何すればいいかわかんなかったから

8時頃起きてTwitter見ると場所によっては断水してるところもあるみたいだった。

自分のところは停電だけだったんだけどいつ断水するかわからないのでとりあえず湯船にためておいた。

仕事は休みになった。

とりあえずいつでも逃げれるように荷物だけまとめておいた。

9月6日10時30分:買い出し行くけどどこも長蛇の列

食料の備蓄は1週間程度持ちそうだったけど、ランタン用の単1電池の予備が無かったので買い出しに行くことにした

夜中にいったコンビニにもう一度行ってみるとさらに人は増えていて食料品はほとんどなくなっていた。電池もなくなっていた。

っていうかほとんどのお店が営業ができなくなっていた。

かろうじて営業しているスーパーや薬局、ホームセンターなどにいってみても全部長蛇の列ができていた。

乾電池はあきらめた。

信号も機能しなくなっていて交差点で渡るのは妙な緊張感があった。普通に危険だもん

おおきな交差点では警察官が誘導していた。そういうところは安心感があった。

信号って大事だね。

札幌駅内も薄暗くなっていた。

JRも地下鉄もすべて運休となっていたためいたるところで旅行者が横になっていた。

せっかくの旅行なのに災難としか言いようがない。北海道嫌いにならないでほしいな~

9月6日12時00分:通信も不安定になってきてめっちゃ暇

買い出しから戻ったあたりでスマホの電波が弱くなっていることに気が付いて家の中にいるとWimaxもスマホも両方圏外になった。

このあたりから完全に外の情報が断たれた感覚があって不安があった。

それにめっちゃ暇だった。スマホはネット繋がらないしなにより使い過ぎて充電切れたらつらい。

テレビも映らないし本読もうとするけどなんか集中できない。

だから寝た。

電気がない生活はめっちゃ暇だ!

9月6日17時30分:区役所に行ってみる

情報が何も得られないのでなんとなく区役所に行ってみた。

普段なら営業してない時間だと思うけどこの日は空いていて中の椅子で何人か腰掛けていた。

スマホが充電できる施設や避難所の案内が掲示されていりラジオが流れていたりで情報がそれなりにあった。

9月6日20時00分:引き続き夜もめっちゃ暇

シャワー浴びたいけどお湯が出ないから台所で沸かしたお湯と水を混ぜてええ感じの温度のぬるま湯作ってペットボトルに入れてそれを浴びて体を洗った。

めっちゃ不便だけどガスと水が使えただけスゲーラッキーだった。

断水していたところはもっと大変だったんだうな~

 

夜になると暗くて本も読めなくなるので暇が加速した。

やることなさ過ぎたから懐中電灯を片手に外を歩いた。

外は真っ暗なので懐中電灯が無いと交差点でひき殺されます。

日中以上に夜はお店が閉じていたんだけどかろうじて開いていたコンビニには依然として長蛇の列ができてた。

 

っで帰って寝た。また地震きたらどうしよう。と不安に思ったところもあったけど意外とすぐ寝れた。

暑くもなく寒くもない季節に起きた停電だったことが唯一救いだったと思う。

9月7日7時00分:ほかの地区が電気復旧したという報告で期待してしまう

翌朝Twitterを開くとちらほら「電気復旧しました!」みたいなツイートを目にした。

電気復旧し始めた地区があるから自分の地区ももうすぐだろうと期待してしまった。

これが良くなかった。

30分おきくらいになんとなくライトのボタン押してみたり、ブレーカーをオフにしてもう一回オンにしてみるという訳の分からない行動をとり始めた。

当然つくはずはなく我ながらバカだなーと思ったけど暇だからこんなことばっかしちゃう

とにかく早く電気が復旧してくれることを願った。

Twitterはいち早い情報がキャッチできて便利だけどデマが拡散されたり他の人と比べたりしてしまうから精神面的によろしくないところがあるなーとか思った。

9月7日12時00分:暇なので街を徘徊する

家にいてもブレーカーのオンとオフを切り替えるだけの無能マシーンとなるだけなのでとりあえず外に出ることにした。ちなみにこの日も仕事は休みになった。

札幌駅に行くと午後あたりからJRが動き出すとのことで改札に長蛇の列ができていた。

なんだかすごい光景だった。

街中を歩くと携帯ショップを中心に無料でスマホ充電サービスを提供していて人が多く集まっていた。

スマホ充電サービスを提供してる1つである赤レンガテラスにも多くの人が集まっていて1つも席は空いていなかった。コンセントも全部埋まってた。

札幌市民の生活路である地下歩行空間(チカホ)に入ってみると早朝並みに人がいなかった。

前日の夜は旅行者向けにチカホが解放されていたらしく引き続き体を休める旅行者の姿があった。

おにぎりを配給していて偶然通りがかった私でもいただくことができた。美味しかった。

札幌のランドマークであるさっぽろテレビ塔の時計も消えていた。

これは停電してるわけではなく節電と営業をしてないかららしいだけどこれだけでグッと非日常感が出るからすごいなと思った。

 

そんな感じで街を徘徊して家に戻っても電気は復旧してなった。もうすぐ夜だったのでまた真っ暗な夜が来るのかと思うと気分が沈んだ。

9月7日17時40分:電気復旧


ランタンとスマホのライトを頼りに台所で夜ご飯を作っている頃にようやく電気が復旧した。

思わず嬉しくて「ああっ!」と声が出た。

前日3時08分から停電して17時45分に電気復旧。約38時間30分の停電生活が終わった。

ちょうどランタンの電池が切れそうになっていたころで今晩はまっくらのなか過ごさないといけないと覚悟していたので完全に暗くなる前の電気の復旧はすごくうれしかった。

テレビを付けると北海道地震の報道をしており、はじめてそこでスマホで漠然と把握していた震源となった厚真町の惨状をしった。

同じ札幌市内では営業を再開した銭湯に行列ができてると報じていた。自分も銭湯に行こうかと考えていたので先に電気が復旧して良かったと思うと同時にまだ停電と断水に苦しんでいる人がいることが分かった。

電気って大事だし備えも大事だ。


電気復旧して1日たって今はさらに多くの地域で電気が復旧しているらしくさっぽろテレビ塔のデジタル時計もまたつくようになってるみたいです。

営業を再開しているお店も多く私の生活圏だけであればほとんど日常が戻っているように感じます。

もちろん被害が大きかった地区ではこれから復興していく必要がありますが停電や断水していた地区は解消しているところが多そうです。

今回初めてここまで長時間の停電を経験しましたが改めて電気がいかに自分たちの暮らしを豊かにしているか思い知りました。

お湯のシャワーが浴びられない。パソコン・スマホが使えない。冷蔵庫使えない。レンジ使えない。テレビが見れない。自販機使えない。夜は真っ暗。

100年前なら当たり前だったりするのかもだけど現代しか知らない私にとって電気がない暮らしは不便かつ退屈極まりない生活でした。

マジで電気って大切です。

そんな中でも私が運がよかったのは買い物に行かなくても割と食料の備蓄があったことと前夜にモバイルバッテリーをフル充電していたことでした。

もし食料がなければスーパーの長蛇の列に並ばないといけなかっただろうし、スマホを充電するために駆けずり回っていたことだと思います。

意識していたことではなくたまたま備えがある状態の時に地震があっただけなんだけど、非常時への備えは重要だと痛感しました。

災害大国日本と呼ばれる国においてまた次いつ同じようなことが災害が起こるともわかりません。

だからこそ個人でできることはやっておくべきですね。